翻訳のMu-ra(ムーラ)

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申し訳ございませんが、ふだんは花を飾っていません

化粧品会社のCMのようなタイトルになってしまいましたが、翻訳作業部屋の話です。

代表写真を撮影するとき、殺風景な部屋を少しでも明るく見せようと花を買ってきました。

その効果は不明ですが、撮影後も枯らさないように毎朝水を与え、昼はひなたぼっこをさせています。

それは花心というよりも、活躍してくれた感謝の気持ち、そして生物の面倒は最後まで見なければならないという責任感からでしょうか。

弊社がお客様にご好評をいただいているのも、翻訳の質はもとより、お仕事をいただけることへの感謝の気持ちを忘れず、お引き受けした仕事はご満足いただけるように仕上げなければならないという責任感を常備しているからではないかと思っています。

季節は変わり、花壇に植え替えた花は元気を失いかけていますが、多年草なのでホームページの開設にかかわった思い出の花として毎年再会できるよう、面倒を見続けていくつもりです。

エダマメ中毒とイン/アウトバランスについて

世の中いろいろな中毒があるもので、私は中学の弁当に毎日のように枝豆が入っていたことから「エダマメ中毒」を疑われていました。

エダマメ中毒も悪くないのですが、それより憧れていたのは「活字中毒」でしょうか。でも実際にはそうでもなく、仕事が忙しくなると新聞さえ軽くスキャンして済ませてしまうことも珍しくありません。

しかし、活字を取り入れないことがあまりにも続くと、実は仕事にも良からぬ影響が及ぶため、意識して取り込むようにはしています。翻訳ばかりして何も読まないと、いわばインプット不足のような状態になってしまうわけです。

「別に自分で文章をつくるわけではないのだから、翻訳するだけなのだから関係ないじゃないか」と思われるかもしれません。ですが、「読みやすい文」を意識して翻訳しようとすると、どうしても表現の幅が必要になり、それを広げるにはインプットが必要なのです。それが不足してくると、表現上のボキャブラリーの幅が狭くなり、スムーズな翻訳を妨げられるように感じてしまいます。

そういう意味では、つまり活字を取り入れないと問題が生じてしまうという意味では、本物の活字中毒と言えるのかもしれません。この連休は(といっても弊社は休みなく営業しておりますが)できるだけ多くの良文をインプットしてタンクを満タンにする予定です。

ちなみに本物のエダマメ中毒ではなく、「24時間枝豆を食べないととんでもないことになる」と伝えてしまった同級生たちには申し訳なく思っております。

得意料理のフルーチェ。とってもおいしいです

得意料理のフルーチェ。とってもおいしいです